――2016年は乃木坂46のバラエティ担当として数々の番組に出演し、知名度を着実に上げた高山。2016年1月に雑誌『ダ・ヴィンチ』のウェブサイトで短編小説を発表。その後、長編小説の連載をスタートさせるなど才能を開花させた。9月にはソロ写真集「恋かもしれない」を発売。次々と新しい分野にチャレンジした充実の1年間を振り返る。

自分のいいところは自分では分からないものですね

『ダ・ヴィンチ』の編集者の方から「小説を書いてみませんか」と声をかけられたときは、まったくその気はありませんでした。本を読むのは大好きでしたが、文章を書くことはあまり好きではなかったので、自分には無理な話だと思っていたんです。

でも、書き上げた短編小説がウェブサイトで発表されると反響が大きくて。私の文章にはクセがあるらしいのですが、「ちゃんと書けている」といろいろな方からほめていただいたのがうれしかったです。作家さんの多くが、小説を書く秘訣を「本をたくさん読むこと」だと挙げていたので、それはクリアできていたのかなって思います。

また、乃木坂46の活動を通して、ファンの方に何かをいかに伝えるかを常に考えてきたことも役に立ったのかもしれません。例えば、「お見立て会」の与えられた1分間で何を話すかを必死に考えてみたり。小説でも「今の表現だと稚拙なままだから、ここは書き直してみよう」と悩みながら、納得するまで何度も修正するんです。そこは共通するところだなって思いました。

2016年4月から連載を始めた長編小説『トラペジウム』では、生まれて22年、私がずっと考えてきたことをさらけ出しています。「高山一実」のアイドル以外の部分をほめていただけるのはすごくうれしいので、連載はすごく大変ですが、これからも書き続けていきたいです。

ソロ写真集のお話をいただいたいたのが2016年の私の誕生日(2月8日)だったんです。でも、そのときはまだ半信半疑でした。「いつか出せるといいな」くらいで、現実的じゃなかった。水着姿になることには抵抗はありませんでしたが、写真集を出しているほかのメンバーと比べて、「私のグラビアに需要があるのか?」ということのほうが不安でしたね(笑)

実は、事前に写真のチェックをしたときに、「この表情はかわいくないんじゃないか」と思っていた1枚があったのですが、意外にもファンの方にはその写真が好評だったんです。やっぱり、自分のいいところは自分では分からないものだなって。初めての写真集では、私からあれこれNGを出したりせずに、作りての方にお任せしてよかったなと思いました。

2016年はいいことばかり

――『しくじり先生 俺みたいになるな!!』をはじめ、バラエティ番組への出演も継続中。これまでは”バラ工ティ担当”と呼ばれることにプレッシャーがあったという。

バラエティ番組の収録で、緊張はあまりしなくなりました。だからといって、うまくできるようになったわけではなくて。毎回、収録が終わるたびに反省をすることに変わりはありませんが、なかには「よくできた」という日もあるんです。そういうときは、スタッフさんからも「今日はよかったね」って言っていただけるので、自分の感覚は合っていると気づくことが出来るんです。

バラエティ番組に出ることが自分の役目だと思っていた時期もありました。私が福神に入っているのも、バラエティ枠なんだろうって。「つまらない私がなんで」とネガティブになったり、本番はプレッシャーでガチガチになっていたり。でも、今思うと、ひとりで背負っている気になっていただけで、自分勝手な考えだったと思います。最近、ほかのメンバーがバラエティにどんどん進出しているのを見ても、悔しいという感情はありません。

それに、バラエティ番組に出させてもらったおかげで、自分のポジションを確立できたんじゃないかなと思えるようになったんです。『サヨナラの意味』では1列目に上がることができました。3列目のときには、歌番組に出ても自分がほとんど映らないという苦い思い出があったので、「もっと前に出て歌いたい」という思いを持ち続けていました。だから、1列目になることができて、すごくうれしかったです。

2016年は乃木坂46のメンバーとしても、高山一実個人としても充実した1年。私にとって、スペシャルイヤーになりました。