2011年8月、17歳で乃木坂46に入り、2012年6月からは、キャプテンとして5年間グループをまとめてきた桜井玲香。女子後出身のお嬢様感と、ぽんこつと称される愛すべきキャラの原点。そして、キャプテンとしての苦悩や喜び、卒業後の夢までをロングインタビュー!

意外!かずみんタイプだった子供時代

――誕生からお聞きしていきます。生まれは横浜ですか?

桜井 生まれたのは北海道の函館です。母が函館の人なので。

――ということは、母方のおじいちゃん、おばあちゃんも北海道に?

桜井 そうです。でも、函館は出産のために母が戻っただけで、すぐ横浜に来ました。

――名前の由来は?

桜井 「玲」の字には、「清らか」とか「澄んでいる」という意味があって、そういう子に育ってほしいというのが由来です。そんなに特別な意味はありません。本当は、お母さんは「ゆり」か「すみれ」にしたかったみたいです。

――名字に「桜」がついているのに

桜井 …あっ、被っちゃいますね。それで断念したのか(笑)

――名前は気に入っていますか?

桜井 はい。すごく気に入っています。芸名っぽいとは言われますけどね。キツいイメージを持たれがちで、小さい頃はちょっと嫌だなと思っていた時期もありましたけど。

――小さい頃はどんな子供でした?

桜井 根はおとなしかったけど、目立つことも好きでした。誰にも言っていませんでしたけど、小さい頃から芸能界に入りたいと思っていました。

――一人っ子ですよね。そのことは人格形成に影響していると思いますか?

桜井 あると思います。私、性格がお父さん似なんです。お父さんは無口で、お母さんは真逆で、社交的なタイプ。お母さんがずーっとしゃべっている家庭で育ったから、必然的に私とお父さんがその話を聞く側になっていました。

――最初の記憶って何ですか?

桜井 幼稚園に入るために面接の練習をしていたことです。私、幼稚園からお受験なんですよ。そのための塾があって、通っていました。

――それって嫌だと思ったことはありませんか?

桜井 まだ自我も芽生えていないから、言われたとおりに通っていましたね。

――幼稚園から高校まで同じ私立校なんですね。

桜井 そうです。

――そんな環境では、初恋のしようもないですね。

桜井 そうなんですよ!引っ越す前のマンションでは桜井家だけ違う小学校で。幼稚園の頃はまだ交流があったんですけど、小3ぐらいになると環境から何からすべてが違いすぎて、話も合わなくなって、近所に友達がいませんでした。だから、芸能人やアニメのキャラクターが初恋の相手なんです(笑)。

――ピアノを習っていたのは?

桜井 小学校に上がる頃から中3までです。近所のピアノ教室に通っていました。指が短いから大変でしたけど(笑)。でも、当時からの夢は芸能界に入ることでした。それ以外の夢を持ったことはないんです。

――憧れた芸能人は?

桜井 モーニング娘。さんです!幼稚園の頃、『LOVEマシーン』で好きになって、初めて買ったCDは『恋のダンスサイト』です。休み時間に友達とグループを組んで、振りコピしながら歌っていました。『ハロー!モーニング。』を毎週楽しみにしていて、いいなぁと思っていましたね。

――「好き」と「なりたい」がイコールに近かったんですか?

桜井 そうですね。オーディションを番組で放送していたから、どうやったらメンバーになれるのか、自然と理解するじゃないですか。オーディションを受けたことはありませんでしたが、憧れはずっとありました。

――ダンスを習うようになりますけど、将来を見据えてですか?

桜井 好きだったからです。HIPHOPとジャズダンスを1年間習っていました。でも、なぜか親から「別の習い事はいいけど、ダンスはダメだ」って反対されていました。

――小学校ではどんなキャラでしたか?

桜井 すごく八方美人でしたね。みんなを笑わせたいと常に思っているような子で。乃木坂46でいうと、かずみん(高山一実)みたいな。今の私とは全然違う(笑)。

友達にも親にも伝えずに受けたオーディション

――そもそもですが、通っていた学校ってどんな校風なんですか?お嬢様っぽいイメージがなんとなくありますが。

桜井 親同士の結びつきが強かったですね。娘の誕生日会が必ず開かれるんです。子供向けの会を盛大に開いてくれるお店を探して、予約して、参加者に連絡して…。お店じゃなくて、お家で誕生パーティを開く時は、前菜からメインディッシユまでメニューリストをすべて考えて。そういう家の子が多かったですね。

――窮屈さはありませんでしたか?

桜井 それは感じませんでした。それが普通だと思っていたので。中学の時にほかの公立からウチの学校に入ってくる子がいるんですけど、その子たちと感覚が違いすぎて、悩んだことはありました。話す内容も話し方も全然違ったので、怖いと思っちゃったんですね。ウチはほわーんとした子ばかりだったので。

――それが世間の側ですよね。

桜井 そうなんですね。今まですごく守られていたんだなと、そこで気がついて。しかも、小学校からエスカレーターで進学する生徒が半分、別の学校から来る子が半分になるんです。そこで初めて世間に触れる、みたいな感覚でした。

――部活はやっていたんですか?

桜井 小学校ではソフトバレーボールといって、通常よりも柔らかいボールでやるのがあって。あと、ダンス部や手話ボランティアクラブにも入っていました。中学に入ると、帰宅部でした(笑)。学校まで遠かったので、部活に入るとちょっとな…と思ってしまって。でも、仲のいい子が華道部にいたので、誘われて入りました。ほぼ幽霊部員でしたけど。

――引っ越しもしていますよね。

桜井 小学校の高学年でしたね。学校まで少し近くなりました。それまでがあまりにも遠かったんです。1時間半かけて通学していましたから。

――小学校低学年にとっては、ちょっとした遠足ですね。

桜井 幼稚園の頃はお母さんと一緒に電車で通っていて、小学校に上がると一人で通いました。今にして思うと、我ながらすごいなって(笑)。

――高校から入って来る生徒もいる?

桜井 いや、それはなくて。中高を通して、1年生から6年生っていう扱いなんです。校舎も一緒でした。

――仲のいい3人組がいましたよね。

桜井 DANGO☆1(ダンゴイチ)!いつも一緒にいる3人組で、今でも連絡は取り続けています。私は自分から連絡するタイプじゃないけど、ほかの2人が連絡してくれるので。

――その友達には、芸能界に進みたいことを話していたんですね。

桜井 いや、それが伝えていなかったんです。だから、私が乃木坂46に合格してびっくりしていましたね。笑われましたもん、「あんたがアイドル!?」って。友達にも親にも伝えていなかったので。

――幼稚園から一緒なんですから、一緒に卒業したかったでしょうけど。

桜井 でも、未練はありませんでした。むしろ囲われている感じもしていたので、ここから飛び出したいなっていう気持ちが強かったんです。変わりたいっていう。

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