「いつかセンターに立つ」という目標を掲げ、ここまでまっすぐに進んできた。そして、これからもその意志を曲げることはないだろう。まさに、蝶のように舞い、蜂のように刺す寺田蘭世の、覚醒間近の美しい姿を堪能あれ

我が家の教え

――『BUBKA』での撮影は2015年12月号以来になります。

寺田 懐かしい……(その時のグラビアを見ながら)。まだ顔が幼くて、今見るとびっくりします。

――ご自身でもそんなに成長を感じますか?

寺田 感じます。これからの1年ちょっとで、武道館でセンターに立たせていただいたり、この時には考えられないくらいの経験をさせていただいたので、そりゃ顔つきも変わるよなって思います。

――この時のインタビューでは、「『センターになります』と言った以上は、ならなければ嘘になってしまうので、自分にプレッシャーをかける意味でも言っている」や「なんでも一番が好きなんですよ」というような、熱い蘭世節が炸裂していました。

寺田 自分を持っているタイプの人間なので、インタビューに関しては大まかな部分は変わっていないですね。

――寺田さんの言葉の力が強いので、ファンの方にもビシビシ響いていると思いますよ。特にモハメド・アリの名言を持ち出した、昨年のアンダーライブでのMCは強烈でした。

寺田 私、悩んだりとか思い詰めちゃったときとかに、同じ環境というか似たような境遇の人を探すと心が安らぐんですよ。それが、成功者で同じ道程があるんだって思うと自分も安心できて、だからそういう成功者の名言とかを探すのが好きなんです。

――偉人たちの言葉を心の拠り所にして、自分を奮い立たせているわけですね。

寺田 「偉い人にもこういう過程があったんだ。そしたら私なんてまだまだ豆だな、頑張ろう」って感じで。

――豆(笑)

寺田 「いつかセンターになる」というのも自信があるわけじゃないし、あと何が必要かと言われれば、全て足りていないのは自覚しています。歌もダンスもルックスも、なんで自分はアイドルとして成立しているんだろうってぐらい自信がないんです。だから「いつかセンターになる」という目標だけをモチベーションに生きています。

――極度の負けず嫌いなんでしょうね。

寺田 そうですね。「ゲーム一つするにしても真剣に取り組め」っていうのは我が家のルールで。「たかがゲームだから」って人は妥協するじゃないですか?そういうのも好きじゃないんですよ。例えば、お正月とかにみんなで集まってゲームしたら、子供を勝たせるためにやるとか、そういう謎の気遣いは逆に失礼じゃないかなっていう考えが私にはあって。そういうところから負けず嫌いっていうのが生まれたのかなって思います。妥協はしたくない。撮影にしろパフォーマンスにしろ、やらせてもらっている以上は自分の中で最高を出さなきゃいけないってことは、常に頭のなかで考えています。

――その強さがあればセンターも夢ではないと思います。

寺田 20歳までにはどうしてもセンターに立ちたいので、これからも頑張ります!


寺田蘭世 1998年9月23日生まれ、東京都出身。両親の愛情と野心が溢れる、ラ・ラ・ランゼ。ヒット祈願の氷爆ロックは見事に成功。ちなみに「40m 高さ どのくらい」で検索するとウルトラマンとでる……これ泣くよ。愛称は「らんぜ」。